2013/03/08

8 親に殺される子へのレクイエム (後篇)

家族の愛とは何かを作家桜庭一樹さんは小説で表現しています。「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」がそうです。

主人公は中学2年生の山田なぎさ。母とひきこもりの兄の三人で暮らしている。兄曰く「なぎさは最近、弾丸こめるのに必死だな。実弾主義ってやつかい、我が妹よ。」一方、なぎさは兄を評して「兄は現代の貴族なのだと思う。働かず、生活のことを追わず、ただただ興味のあるものだけを読んで、考えて、話して、暮らす。」と。

なぎさの前に転校生「海野藻屑」(うみのもくず)が現れる。彼女は父親と暮らす。理解不能な言動を操りながらも、藻屑はなぎさと友達となろうとする。最初のあいさつで「ぼくはですね、人魚なんです。」とやらかす。「ええとですね人魚に性別はないです。みんな人間でいうところの雌っぽい感じで、だけど人間みたいな生殖器はないので、卵をプチプチたくさん生みます。だからぼくにおとうさんはいません。この日本海にいる人魚全部が仲間です。それでぼくがここにきたのは、人間界が知りたいからです。人間は愚かでお調子者で寿命も短くてじつにばかみたいな生物だと波の噂に聞いたのできちゃいました。みなさん、どうか、どんなにか人間が愚かか、生きる価値がないか、みんな死んじゃえばいいか、教えて下さい。ではよろしくお願いします。ぺこり。」

なぎさの父は漁師だった。山田英次という。十年前の大嵐で亡くなった。藻屑はなぎさの父親の名を聞いて、「ああ、その人知ってるよ」「その人、海の底で会ったよ。幸せそうだった。金銀財宝に、美女の人魚。地上のことなんて忘れて楽しくやってたよ。海で死んだ漁師さんはみんなそう。幸せだよ。よかったね。」

兄友彦は、神となった兄、友彦は、「当たったらヤバイクイズを知っているかい?いいかい、なぎさ。当てるなよ。」「これに答えられた人間は史上にわずか五人しかいないんだ」となぎさを脅して、「ある男が死んだ。つまらない事故でね。男には妻と子供がいた。葬式に男の同僚が参列した。同僚と妻はこんなときになんだけれどいい雰囲気になった。まぁ、惹ひかれあうってやつだ。ところがその夜、なんと男の忘れ形見である子供が殺された。犯人は妻だった。自分の子供をとつぜん殺したんだ。さて、なぜでしょう?」とやる。
全く答えられないなぎさに向かって、兄は「きょとんとしているな、我が妹よ。よかった、なぎさ。君は正常な精神の持ち主だ。」と。そんな兄は、なぎさから聞いた藻屑に関する言動から、「その子、かわいいね。彼女はさしずめ、あれだね。“砂糖菓子の弾丸”だね。」「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう?世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ。」「その子は砂糖菓子を撃ちまくってるね。体内で溶けて消えてしまう、なぎさから見たらじつにつまらない弾丸だ。なぎさ・・・・」と言う。

藻屑の家の犬が鉈でバラバラにされる事件がおきたり、なぎさが学校で飼育しているウサギが惨殺されたり、藻屑の言う嵐がくるというのでなぎさと藻屑はどこかへ逃げる算段をする。それを敏感に察知した兄、そして、藻屑となぎさは藻屑の家に。脱出の荷物を取りに家に入って二時間たっても藻屑は出てこなかった。
藻屑の体にはあちこちに痣がある。父親からの虐待を受けていることを想像させる痣だ。だが、藻屑はそれを否定する。「ぼく、おとうさんのこと、すごく好きなんだ。好きって絶望だよね。」
不安が不審に変わったとき、なぎさは藻屑の家の中に入った。さっき父親が出て行ったからだ。しかし、家の中にはだれもいなかった。風呂場に行くと、なんか生臭いような臭いがした鉈が立てかけてあった。脂でてかてかしている。藻屑はここにいるとなぎさは思った。が、呼んでも誰も答えない。なぎさの背後に父親が立っていた。
「人の家で何をしているんだ!」となぎさを問い詰める父親に向かって、なぎさは「当たったらヤバイクイズ」をとっさに出してみた。父親はうんとうなずいて答えた。「逢いたくて、じゃないかな?」
正解だった。このクイズに史上五人しか正解を答えられていない。その五人とは、有名な猟奇事件の犯人たちであった。
「藻屑をどうしたの?」と父親に向かってなぎさは叫んだ。父親は答えられなかった。「・・・・海の、泡に、なった。」とだけ答えた。

十月三日の夜も更けはじめた。警察に言ってもだれも信用してくれない。母親も担任教師も信用してくれない。なぎさは「藻屑は父親に殺された」と信じている。兄だけが、兄、友彦だけが信じた。「なぎさがそう感じるなら、信じるよ。」そして、3年間一歩も外に出ていなかった兄が「なぎさ、行こう。蜷山」
二人で蜷山を登る。山頂に近い、かつてなぎさと藻屑が訪れた開けた場所、藻屑の愛犬がバラバラにされていた場所で、心なしか生臭いような、獣の気配すらする臭いが充満してきた。「なぎさはここにいて。にいちゃんが見てくる。」そして、長い間、兄、友彦は戻ってこなかった。
やがて兄、友彦は戻ってきた。「降りよう。」「警察に通報しなきゃ。」「女の子がバラバラになって死んでいる。」なぎさは兄、友彦の制止を振り切り走りだした。そして、「分割されてていねいに積み上げられている、もう動かない友達を見た。」
なぎさは兄、友彦に手をひかれ早朝の警察署に飛び込んだ。泣き、震えて口が利けなくなったなぎさに代わり、兄、友彦が藻屑の死体発見の経緯を説明した。
藻屑の父親が逮捕された。
兄、友彦はひきこもりを止め、なぎさと一緒に料理を作るようになっていた。そして、髪も短く切り、なぎさより先に自衛隊に入隊してしまった。

「今日もニュースでは繰り返し、子供が殺されている。」
「藻屑は親に殺されたんだ。愛して、慕って、愛情が返ってくるのを期待していた、ほんとうの親に。」